大沢事件

大沢樹生、長男巡る訴訟「親子ではない」婚姻から200日目出生 関係推定されず (スポーツ報知) - Yahoo!ニュース

今の時代からすると、すごく昭和の泥臭さを感じる事件だった。

まず、父としての大沢。育てた息子が自分と血縁関係があるかが気になるのは、男親として分かる。人道的には育てた子どものことを本当の子どもとして扱うのが正解だとは思う。子どもがそう望んでいるのであれば尚更だ。でも「そして父になる」という映画で福山雅治演じる主人公が拘ったように、血が繋がってるかどうかは倫理的観点を越えて重要なのだ。

しかし、血縁の有無の疑いに関して、号泣しながら記者会見で発表するか? だって、この人って今の世の中で知名度は無いから、記者会見しなければ、注目されることすら無いよ? こんなに号泣している姿を見せれば、自称「大事に育てた息子」が動揺するって想像できないかな? 

この記者会見には、タレントとしての売名行為や、裁判を有利にさせるための心証操作が、誰の目にも分かるように感じられる。今の時代にこういうことを平気でやってのけるところに昭和のアイドル感が出てるのだ。光GENJIが平成で生き残れなかった理由がよく分かるよね。

あと、この事件では、長男のスタンスもかなり変に思える。これだけのことをされて、何でまだ父親として慕えるのだろう? 既に大人の年齢なのに、この無邪気さはあり得ない。かと言って、裁判での損得勘定を冷静にやっているというのも奇妙に思える。同年代の友達の面前、かっこ悪くて出来ないだろう? この当たりの彼らの感覚にも昭和的なものを感じるのだ。

という訳で、この一連の事件、結局は妻が最悪なんだけど、それにしても父と子の反応がよく分からないのだ。